雑多になってきたな……

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サンパツ 30min. 

(短編・11.7KB)

「いらっしゃいませ、すぐ入れますよ」
 自動ドアを抜け、閉じた傘を傘立てに収める。
 上着をお預かりしますとコートを脱ぐことを促され、黙ってそれに従う。
 理髪店に行くのはなるべく平日の午前中、かつ雨天と決めている。
 そろそろ髪を切ろうと思っていたある雨の日、通りがかった理髪店に客が確認できなかったのを見て即入ったことがあり、その際自分を担当した理髪師が話してくれたことをいまでも明確に記憶している。
『雨が降ると客足は鈍る、土日以外の平日だと尚更』
 待つのがあまり好きではない自分としては、こんな状況は好都合なのだ。お客が来なくてヒマな時間も有意義になると、あちらの事情にも好都合と一方的な名分まで成立させるのは傲慢と思いつつ。
 なお、待つのがイヤならば予約すれば良いというのは、ここでは選択肢に入れない。出不精な自分の場合、散髪自体が思い付きから来る勢いだから。勿論こんなことができるのは、時間にある程度の融通が利く職についているからなのだが。
 案内された席に腰掛けると、正面の鏡に映ったのは冴えない風貌の男。
「今日は、どうしましょう?」
 付いた理髪師は、自分よりもラフな服装だった。
 ただ、ファッションコーディネートのレベルでは数段どころか数十段も上だろう。デニム地の帽子に整えられたひげというパッと見は、いかにも「オトナのオジさん」な香りがする。あちらはプロなのだから当然といえば当然か。
 散髪に行くのだからと無精ひげを思いきり放置していたことが、少々恥ずかしくなる。
「丸坊主にしてください」
 鏡を通して、理髪師と視線が合う。
「全部刈っても良い、ということですか?」
「あ、はい」
 訊き返してきたのは、おそらく確認のためだと思う。
 以前、他の理髪店で「全部刈ってください」と伝えた際は「丸坊主でいいですか」と訊き返された覚えがある。表現を替えたのは意識的ではなかったが、あちらの質問の意図を理解することには繋がった気がする。
 髪はなにかとデリケートな部分で、特に女性の場合は短く切ったというだけで大きな意味を持つという。自分のようなむさい男の、しかも薄くなって丸坊主にするならば邪魔なだけだが、やはりお客の髪をバッサリ切るというのは念を入れる必要があると思われた。
「長さは、どのくらいに?」
「どのくらいからできますか?」
「0.8ミリからで、2ミリとか」
「5ミリはいいですか?」
「できますよ」
 じゃそれで、と鏡の中の理髪師に頷く。
 実は、丸刈りにする際はいつも5ミリにしている。少年期に「サッパリしたなぁ」と身近な大人から頭を撫でられるのが好きだった頃があり、当時行きつけの理髪店では5ミリの丸刈りが基本形だったからだ。
 高校に入った頃から髪型にも多少気を使うようにはなったが、三十代に入って前髪が薄くなってきたことから丸刈りに戻した。
 いわゆる「ハゲ」を気にするくらいならば、思い切って全部刈ってしまった方が気分的に楽だと感じたためだった。
 座っている身体にシートが巻かれ、抑えた駆動音と共に席が少し上がる。
 独特の小さなモーター音は、バリカンのものだろうか。
「じゃ、5ミリで丸刈りにします」
「はい」
 最後の確認に頷くと、バリカンの先端が触れた。後頭部の下からゆっくり上がって行く。
 視界は特に変わらない。大きな鏡の脇に追加サービスの案内がいろいろ掲示されており、マッサージや白髪染め、他には追加料金で理髪師の指名制度なんていう文言もあった。
 カリスマ美容師なんていう表現はすっかり死語だと思っていたが、いまの理髪店にはホストクラブのようなナンバーワン理髪師といったポストが存在するのか――と、妙な疑問が浮かんでくる。
 ただ、いきなりそれについて問いかける勇気というか、ある種の太さはいまの自分にはなかった。
 ゆっくりと掻くような感触が続き、やがて頭の周りが妙に涼しくなる。
 正面の鏡に視線を戻すと、ともすれば落ち武者とでも形容されかねなかった髪型が、なんともわかりやすくなったことに気づく。
 寝ぐせを気にする必要がない。
 水に濡れても拭くだけでいい。
 なにより、櫛が要らない。
 いわゆるビジュアル的な意識がそれほど必要でなければ、特に機能性においては群を抜くであろう。
 なんとなく、気分がスッキリしてくるものがあった。
 バリカンの音が止むと、長さを整えるためか、今度はハサミの音がする。
「よろしいですか?」
 改めて髪型を確認する――といっても、きれいに刈られてさえいれば何ら問題はない。
 三度、鏡を通したアイコンタクトじみたやり取りの後、理髪師はシートを取り払った。
 前の棚が下へ開いて洗面台が現れると、シャワーから水が出てくる。次は髪を洗うのだろう。
 髪を切ってから、整えた髪を洗って、顔面のムダ毛を処理する流れだったかと、なんとなく過去の散髪の展開を思い出す。
 シャワーの水流は洗面台をぐるっと回り、落ちる。そのまま流しているのは水を温めているためかと勝手に仮定する。
 ただ、その時間がいささか長く感じてきたのはシャワーの音が一定であることに慣れてきたからかもしれない。
 錯覚だとは思うのだが、一定に響く音に慣れてくると、その音の裏のようなものが聞こえる気がしてくる。この感覚に入るまでには三十秒から一分くらいはかかるので、即ちシャワーが温まるのをそれほど長く待っていることになる。
 ふと、理髪師がこちらへと促していることに気づいていなかったのかと、不安を覚える。
 ただ、あちらの動きにこちらの反応を窺っている点は見られない。
 黙って待っていれば良いかと、洗面台に視線を戻す。
 ジャズっぽい店内の音楽と、シャワーの水音。
 客は自分だけで、店員は確認できる限りでは二人。時刻はもうすぐ午前の十一時だろうか。
 額に汗を感じる。店内の暖房が暑いということはない。額以外に汗は特に感じないからだ。
「どうぞ」
 汗がそろそろ瞼へ達するかと思われたところで、ようやくといっては大げさかもしれないが、洗髪が始まった。
 昨晩とは断然違う、シャワーが頭皮に直接当たる感覚は随分と久しい。
 髪を切ったことを実感できる。
 短い髪を洗うのは苦労しない。面識のない客相手でもプロならば造作もないはずだ。
 案の定、洗髪はすぐに終わる。今度は「一定の音の錯覚」を感じることはなかった。
 タオル地が額から鼻、口許へと宛がわれる。
 水滴を拭う動作なのだが、これが妙に巧い。タオルを押さえられている印象は全くなく、それでいて水気が残っている感覚もなかった。
 頭も顔もサッパリ、という表現がピッタリなのだ。
 シートに戻ると、理髪師の一言と共にリクライニングが倒される。
「ひげは、どうします?」
「んー……全部、剃ってください」
「眉毛は?」
「整えるくらいで」
 ひげについて細かく言わなかったのは、はっきり言ってしまえば面倒だったからだ。
 先ほどまで鏡に映っていた髭面の坊主頭というのもアリといえばアリだったが、見栄えが良いかというとそうでもない気がしていた。特にこだわりでもなければ剃っても不自由はないだろう。
 蒸しタオルが頬とあごを覆う。両眼を閉じ、入ってくる音はジャズだけかと思っていたら、外の雨音が紛れ込んできた。
「いらっしゃいませ、すぐ入れますよ」
 新たな客で、自分の右の席に着いたようだ。
 盗み聞きという意識を感じることのないまま、やり取りに耳を済ませる。
 少し短く、髪の流れ方、後ろ髪はどう……など、詳細に話し合っているのが聞き取れた。自分のように何ミリの丸坊主、といった簡潔なものとは明らかに縁の遠いものだ。
 気を使う人は気を使う。公共の場とか、プライベートにしても特別な人と逢うとか。必要なことであると思うし、大変だとも思う。
 自分も気を使ったほうが良いのかとも思ったが、そうなるとまずはこの薄くなった髪をなんとかしなければならないと思えてきて、間もなく考えを引っ込める。
 この手のストレスは、いまはあまり意識したくはないのだ。
 隣のやり取りが耳に入らなくなり、口の周りで剃刀が動いている間、なんとなく頭に浮かんだのは先ほどのやり取りだった。
 ただ、髪型がどうとか言うものではない。もう少し理髪師とコミュニケーションをとるべきではなかったかということだ。
 何ミリの丸坊主、という髪型に関することは当初から決めていたことだが、ひげについてはあまり考えていなかった。
 こだわりがなければ剃ってしまうというのも、理由としては一番簡単だったからで、予め決めていないどころか想像してもいないのだ。
『話好きのお客は、けっこう多い気がするよ』
 丁度良いタイミングで、記憶の中に仕事の都合で一緒に食事をした美容師が呼び出される。
 彼はよくお客と話をするというし、それは女性客に限った話ではないらしい。ゴシップ的な内容に多少困ることもあるのだが、そこそこでもコミュニケーションは取れたほうが仕事はしやすいと話していたのを思い出していた。
『じゃ、俺みたいに用件だけ言って後は無言なんていうのは?』
『うーん……男の人はほとんどそうだけど、やりにくい場合はあるかもね』
 気をつけなくちゃいけないのかな、とその場では思ったものだが、翌日にはもう忘れてしまっていた。
 雨天の平日は比較的空いている、という自分にとって好都合なことは何年も覚えているくせに、自分はやりにくいタイプの客ではないかという自戒めいたものはさっさと記憶から排除するというのは、なんとも都合の良すぎる話だ。
 ここで「美容師と理髪師は違うのかも」なんて思うのは、屁理屈かつ逃げ口上だろう。
 いま剃刀を操っている理髪師も、実はやりにくさを感じているのだろうか。
 仕事である以上、やりにくさは当然ある。が、やりにくい客だと思われるのはちょっとイヤだったりする。
 とはいえ。
 いまの自分は、顔面のほとんどにシェービングクリームを塗布され剃毛処理真っ只中だ。
 この状況下で言葉を発することは、ある種の非常事態を意味するわけで、それは理髪師に迷惑をかけることにもなりかねない。
 即ち、現段階では何も喋らないことが最善といえた。
 鼻でゆっくりと息をしながら、なんとか落ち着くよう努める。
 別に問題はない。トイレに行きたいこともない。ジーンズのポケットから財布が抜けていることもないはずだ。
 部屋の戸締りは。ガスの元栓は締めているか、電源が入ったままの家電などはないか。
 この後の予定は。明日午前十時の仕事が実は今日だったなんてことは。
 いや、それならば連絡が――待て、散髪に行くと部屋を出た時点でスマホの電源は切っておいたのではなかったか。
「……あついですか?」
 飛び込んできた男性の声が、ぐるぐる回っていた思考を寸断する。
「あ……いえ」
 顔を覆っていた蒸しタオルは取り払われ、視界がぱっと開けていた。
 ひげ剃りが終わったのだろう。こちらを見ている理髪師に大丈夫と小さく頷くと、額にタオル地が触れる。
 その時、自分が不自然に汗をかいていたことにようやく気づいていた。
 思わず息をつく。耳に入ってくるのは変わっていないはずな、ジャズっぽい音楽とハサミの音。
「シート、上げますね」
 リクライニングが起こされ、無精ひげがキレイサッパリなくなった自分と久方ぶりに対面する。
 頬が熱く、赤面しているかもしれない。数刻前のあのちょっとしたパニックじみたものは、もう思い出すのも恥ずかしい。
 飛行機や歯医者でもないのに、リクライニングシートに仰向けの姿勢でひどく緊張するというのもおかしな話だ。うたた寝をしていたのかと軽く解釈してくれればいいが。
「お疲れ様でした」
 肩周りを柔らかい箒のようなものでささっと払ってから、理髪師はサービスの完了を告げた。
 もう一息ついてから、席を立って伸びをする。
 入店直後に預けていたコートを返してもらってから、ジーンズのポケットに手を入れた。
 財布はある。現金もある。
「初めて、ですよね?」
「はい」
 メンバーズカードのようなものは持っていない。登録を勧められるかと思ったが、特にそういった案内はなく料金だけを告げられる。
 面倒だと思ったのか、勧誘のノルマのようなものが存在しないのか。
 まあ、勧めてこないのならばこちらから言うこともないだろう。
「ありがとうございました」
 料金のやり取りが済み、理髪師が頭を下げると、他の客を担当していた別の理髪師もそれに続いた。
 傘を手に自動ドアを抜ける。雨脚は相変わらずだ。
 傘を広げつつ、スマホの電源を入れる。
 見慣れた待ち受け画面に目をやると、着信履歴とメール着信がひとつずつ。今日の午後に会うはずの同僚からだ。
 まさか、本当に予定の勘違いをしていたのか。
 遅刻の二文字が脳裏に浮かび、瞬時に数分前の不安を思い出しながら、メールを開く。
『今日の打ち合わせ、15時の予定でしたが、16時にしてください。12時頃にまた電話します』
 思わず空を見上げてから、ふーっと深く息をつく。
 あの焦燥感は何だったのだろう。
 些細なきっかけから、いやそもそもその些細なきっかけとは何だったか。
 ああ。
 結局のところ、あの理髪師とは必要最低限のコミュニケーションしか取れていなかった気がする。
 レジでは初対面だから初めてかと訊いてきたのだろうし、指名制度があるとはいっても自己紹介をしてくる節もなかった。やりにくい客だったからそこそこの対応で済ませられたとなると少々寂しいが。
 まあ、また髪が伸びてきたらお世話になろう。
 その時にできたら、ちょっとした言葉らしきものを交わせればいいか。
 改めてスマホを見る。時刻は十一時を少し過ぎたところ。
 昼に来るであろう電話では、なぜ電源を切っていたのかと訊かれるに違いない。
 散髪に行っていたとしか答えようがないが、髪型がやや長めから丸坊主に変わったのを見たら、それなりに驚くだろうか。
 そういえば、以前丸坊主になった直後に出社した際、同じ髪型をしている海外のサッカー選手の名前を出してみたのだが、誰ですかそれとばかりにけっこうな時間の沈黙を招いた覚えがある。
 この職場でサッカーネタはダメだ、と痛感した瞬間であった。
 寒い冗談であることはわかっているつもりだが、今回はオーソドックスに国内のタレントや俳優にすべきだろうか。
 吹き付けてくる風が一層寒く、かつ冷たく感じる。
 それが自分の小さな目論見に対してでないことを願いつつ、濡れたアスファルトへと足を踏み出した。
(了)

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迷品短槍

Author:迷品短槍
(めいひん たんそう)

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迷品collection」の出張版。

ゲーム・アニメネタ中心。
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(旧HN:がんまれい)

【Diablo Ⅲ】
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【Wizardry】
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